中野区バレーボール協会 副会長
野田 早苗
MESSAGES
中野区バレーボール協会もこの程めでたく七十周年の記念すべき日を迎えました。
誠におめでとうございます。顧みますと協会役員として、昭和三十八年より六十年余り、その思い出は数えきれない程、走馬灯のように、次々と懐かしく浮かんで参ります。
当時の協会役員は殆どが小、中、高の先生方でした。大会は春、秋の年二回で九人制のみ、中学生の大会と一緒に行われ、会場は宝仙、実践、明大中野高校等の校庭で行われ、前日にコートの設営、大会終了後は後片付けをして、各校からお借りしたポールを実家のトラックに乗せ、今は亡き城崎理事長とお返しに回った事が昨日の事のように思い出されます。
当時の大会は高校 OB、OG チーム、と高校生チームの参加が殆どで、クラブチームの参加は少なかった。
ラインズマンがバインダーを持って、サーバーのチェックをしたり、ボール拾いもしていた。作戦タイムも一回だけでした。
審判員も少なく、選手が審判を兼ねる試合も有ったり、今では考えられない色々な事を兼任しながらも、精一杯バレーを楽しみ、苦楽を共にした仲間も、見回すと皆遠くに旅立ち、寂しさひとしおです。真夏のカンカン照りの中で砂ぼこりを浴びながら大好きなバレーボールを仲間と一緒に楽しめた時代が宝物のように思いおこされます。
在籍バレーボール協会六十年、体育協会五十年、体育指導委員二十四年、高校一年十五歳から関わってきたバレーボール、スポーツを通して多くを学ばせて頂き、掛け替えのない方々、多くの友人に恵まれました事に対し、感謝の気持ちでいっぱいです。
末筆ですが中野区バレーボール協会の益々のご発展を祈念申し上げ、今後とも体の続く限り、これからの協会を担ってゆく素晴らしい後輩の皆様方を少しでも後押しができればと願っております。